寄付が貧困からの自立を妨げている。〔ポバティー•インク Poverty,Inc 貧困産業〕

こないだ、渋谷アップリンクでドキュメンタリー映画を観てきた。

寄付が本当に助けになっているのか、ってのが映画のテーマ。途上国の起業家、貧困層と言われる人たちなどへのインタビューで構成されている。善意で集まった寄付が巡り巡って現地の人を苦しめる、自立を妨げることになってしまっている、というもの。

もちろん全ての寄付やボランティアがうまく機能していないと言っているわけではない!ここだけ誤解がないようにしたい。

来月(2016年9月)上旬まで渋谷アップリンクで上映されている。今後大阪などでも上映される予定なので是非観てほしいなー。

ぼくが印象に残っている点を幾つか。

  • 寄付金は巡りめぐって、途上国のトップや先進国の団体、企業の利益となっている。
  • ”貧困”がお金集めのための道具として利用されている。
  • 無料で物資を配れば地元企業は潰れる。
  • だれも一生物乞いでいたくない。
  • 支援が続くと自立心を失う。
  • 必要なのは自立のための環境整備

世界中の貧困を利用した”貧困産業”は、現在数十億ドル(1,000億円以上)の巨大産業になってる。そしてこれらで利益を享受するのは先進国の団体や企業、それと途上国のごく一部のトップだというのが現実なんだって。

恵まれない子供達へのー、みたいなことばと、顔にハエがとまった写真や、泥水を飲む子供の写真を使って寄付を募る。そして使用使徒の決められた寄付金は一見途上国や被災地の人々のために利用されているようだが、そのサービスは先進国によって提供され、結局は先進国の団体や企業へと入る構図。

また、一般のローカル企業ではとても参入できないような落札価格で契約が進められ、ごく一部の現地の富裕層や政治家が関わる大企業や半官半民の企業が受注する。

結局必要な人々のもとへは、回されたようで実際回されることなく、富めるものにさらなる富を与えるようになっている。”貧困”はお金集めのために利用されてるってこと。

また、映画で取り上げられているけど典型的なケースとして、”TOMS SHOES”がある。この企業では先進国で靴が一足売れると、途上国の子供に靴を一足プレゼントするという仕組みになってる。このシステムも働いてか爆発的に売れている。日本でもよく目にする。

このビジネスモデルは一見、靴を持たない子供を喜ばせれるし、途上国のためになってるように思える。

だけど、現地にも靴メーカーがあるんやよーってこと。無料で先進国から靴が送られてきたら途上国のちっさい企業はどうしよーもないよね。売れんやん、太刀打ちできんでしょ。それでローカル企業は潰れてくよね。しかも、どれくらいの頻度で靴持ってきてくれるのかもよくわからん。中途半端に送ってくれたら、地元の靴メーカーも潰れるし、現地では靴が手に入らんくなるやんってね。

安い古着が大量に送られて来ることも同じようなことで、途上国にも服メーカーがあるもんね。

それと、映画でのインタビューでも言ってあるんやけど、”No-one wants to be a beggar for life.”(だーれも一生物乞いでいたい人間なんていないよ。)ってね。

なんか当たり前のように寄付するというか、持っているものは持っていないものに寄付しなければー、与えなければー、みたいなのがあるけど。それってほんとの意味で貧困から助けることにならんよね。ある宗教ではそういう教えがあるみたいやけど。

しかも、人間慣れてしまうもので、ずーっと与えられ続けるとだんだん自立心も失っていく、劣等感も生まれてくる。また与える方も同じように、自分たちのほうが優れている、って思うようになる。そんでさらに貧困から抜け出すことが難しくなっていくんだろうな。

映画でハイチでの例を挙げてあるんやけど、以前はお米の産業もちゃんと成り立っていたのに、アメリカから貧困層を救うためって名目でめっちゃ安いコメがどんどん送られてきた。もちろんハイチでの米の価格は暴落。

そんで現地のコメ農家は生計建てれんくなってさ、仕事求めて街に出てくる、でもなかなか仕事手に入らんくって、街の近くに廉価なコンクリート製の家を建ててどうにか暮らしていた。月日が経つにつれて街に出てくる元農家のひとは増えてって、ボロボロの家だらけのでっかいスラム街が形成された。

そこに2010年ハイチ地震が起きた。結構でっかい地震でスラム街は壊滅。多くの人が犠牲になった。これも間接的ではあるけど、支援の副作用というか、支援の欠陥が生んだ被害とも言えるはず。

そして、さらにハイチ地震から数年経っても支援物資がどんどん届く。もちろん食料も届く。そーなると地元の生産者だとか、商売するひとはたまらんよね。ただ飢える人は少なくなるだろうけど。

元来、援助や助けがないと生きていけない民族、人々っていないはず。もちろん善意からの援助がほとんどだし、うまく機能していることや、団体も数多くあるはずだけど、本当に必要なのものは何なのかってことやね。長期的に援助が届けば自尊心、自立心を失っていってしまう。

なんやかんやありながらも幸せにやってたのに、むりやり資本主義の仕組みに組み込まれて搾取されているように思える。第三世界とか勝手に分けられてさー。お金、お金ー。これが自然なんだー、力こそ全てー、グローバル化だー、みたいなさ。

本当の貧困って、自立する気持ちや自尊心を失ってしまうことやないかな。それと援助ってのはサポートなわけで、干渉するのは環境を整えるところまでやない?動き出したらあとは任せるのがほんとの援助ってことやと思うんだなー。法整備とか、ある程度のインフラ整えるとこまでじゃないかな。自立してもらうってのが”支援”の本当の目的やろ。

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